シネマッドカフェ

昭和の大女優原節子さん逝去の報に接して

伝説的大女優原節子さんが九月に肺炎で亡くなられていたというニュースが十一月二十六日の新聞に報じられた。病名は肺炎。享年95歳。1920年(大正9)6月17日生まれ、横浜市出身。1935年に映画の世界に15歳でデビュー。42歳で引退するまで日本映画史に残る名作のヒロインとしてスクリーンにその花を飾った。

原節子さんの思い出を小津監督作品で共演した故笠智衆さんは著書「大船日記 小津安二郎先生の思い出」(扶桑社)でこう書いています。

「とにかく、きれいな方でした。昔の女の人としては大柄で、顔立ちといい体格といい、まるでハリウッドの女優のよう。・・・・・・・小津組の看板美人女優といえば、やはり原節子さんになります。原さんは、きれいなだけじゃなく、演技も上手でした。ほとんどNGも出ません。めったなことでは俳優を誉めなかった小津先生が、「あの子はうまいね」とおっしゃっていたのですから相当なもんです。

東宝作品にでとられた時はそれほど思いませんでしたが、小津作品では上手かった。きっと小津先生の演出と波長があったのでしょう。・・・・・・」と。

原さんの出演した小津監督作品は6作品。「晩春」、「麦秋」、「東京物語」、「東京暮色」、「秋日和」、「小早川家の秋」。小津監督は「東京物語」での原さんの演技にこう語っている。

「長い間、いろいろな監督の間で揉まれ、そして大根大根と散々たたかれながら、猿がドングリを拾うような誰だって出来る下手糞な演技の真似をしなかったところに、原節子の偉さがある。大根と誰が言ったか知らんが実に無礼だ。あの人は喜怒哀楽以外のものをもっている。」(「映画ファン」'54.10月号)

原節子さんは亡くなられましたが原節子さんの出演した数多くの名画は不老不死です。

中でも小津監督作品は日本国内のみならず海外での高い評価を得ています。小津監督作品に原さんはかけがえのない存在であったと同時に原節子さんにとってもかけがえのない監督、よき理解者が小津監督だったのです。

只今シネマッドカフェ店内ギャラリーは古き良き時代の邦画のポスターを展示しております。

昭和の大女優原節子さんを偲びながら、コーヒーを片手に往時を語りませんか。

謹んで原節子さんのご冥福をお祈りいたします

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